ブログトップ
建大工房BLG
kendaikou.exblog.jp
リアル逃げ場
最近はパソコンやiPhoneを覗いていると、ネットの中では
facebookだtwitterだといろいろとまた世の中が動いてるように見える。
実際は日本では革命のような、何か「行動」として起きてる訳ではないのだけど。

ただいろんな分野でくすぶってたり、小さな産声を上げてるのは事実で、
そのうち大きな「動き」になるのかも知れませんね。

特にtwitterなんかを見てて思うのは情報の流れるスピードが速すぎる。
(ま、そもそもtwitterとはそういうもんやけど。。)

知ろうと思えば世界中の出来事を瞬時に知る事ができる。
膨大な情報量。

に伴って人間の情報収集欲もものすごい事になってる。

もはや人ではなく「情報」が時代を作ってるような気すらする。
もしかしたらいつの時代もそうなのかも知れないけど。

時代の流れが激流すぎてそれについていかないと置いてけぼりになってしまいそうな感も。

「時間」というものが相対的なものだとするなら「ネット時間」
というのもあると思う。もの凄く早く流れる。早熟な。
その中で一見、格差の様なものが生まれるんでしょうね。

激流のような「ネット時間」と生物としての本来のバイオリズムと間の
「ひずみ」が今、人間の精神に様々な影響を及ぼしてるのかも。

問題なのはその「ひずみ」。。


話しは少し飛んで、

本来、ものを作るという事は何かを壊すという事。

農業なんかの「育てる」世界では大した破壊行為はないかも知れませんが、
それを食べるという行為はイコール、破壊する事になる。(大袈裟か。。。)

基本、ものをつくるとは何か形あるものを意図的に変化させる事。

でもインターネットの中だけは別。
情報も、コミュニティーも無限に増え続ける。

人の逃げ場も。隠れ場も。

子供の頃、なにかイヤな事があったりしたら、ケンカしたり、
藪の中の秘密基地に引篭もったり、公園のトイレの屋根の上でイジけてたりしてた。
ちょっと大きくなったら社会への反発の為にグレてみたりも。
尾崎豊を聴きながら。

それにしても自分の中での「悪い事」の意識は少なからずあったし、
逃げてる自分とも常に向き合ってた。
それに呼応するかのようにどこにいても見つけてくれる、親や社会の姿があったと思う。

多分見つけて欲しいんだ。
逃げ場に迎えに来て欲しかったんだと思う。
(今でもそれは変わってないかもね。)
twitterでつぶやき続けるのもそんな叫びみたいなものだろうし。
後、ネットの中で叫び続けるのはなんだか卑怯な気がする。
心の叫びをメディアに流してる、的な。

今、ネットの中に逃げ込んだらなかなか見つけられない。
逃げてる感もあまりない。共感してくれる人も見つけやすいし。

むしろそっちの社会の方が現実より楽しいんじゃないかとすら思う。
その世界だけで生きる事を選ぶことすらできる時代。

壊すことなくただ作られていく社会なんてホントはありえないと思う。

だからその「ひずみ」のようなものはどこかにしわ寄せとして来るような気がする。

バブルがはじけるように。。。どこかで何かが「壊れる」ような。

で今「癒し」的な商売も盛んなんでしょうね。


ながーい前振りになりましたが、今回の僕の言いたい事。

「リアル逃げ場商売」

今後はそんな商売が必要なんじゃないかと。
(っていうか、とっくにあるよって方、いるとは思いますが)

いろんな意味での逃げ場はあると思うけど、肝心なのはちゃんと自覚してる必要があるということ。

そしてちゃんと見つけてくれる人がいるという事。

例えるなら会社の帰りの屋台のおでん屋さんみたいな。
飲んだくれてグチってるとこを奥さんが「もういい加減帰ってきなさい」
なんつって。

お母さんに怒られて勢いよく飛び出していって、とりあえず登る公園の便所の屋根。

彼女とケンカして一人、車を走らせていく夜の海だったり。

そんな逃げ場を人は持っとくべきだと思う。

ちゃんとお互いが同じ速さで感じれる「時間」の中での逃げ場。

あ、商売とか言っときながら具体的な案は何もないですが。。。

でもFLAT kitchenはそんなリアル逃げ場でありたい。


同じ空間にいなくても、同じ時間の流れを感じれる仲間を見つける事が大切なのかも。

ネットはそれを見つける手段で止めとく事が理想なのかな。

てな事をネット上のブログで書いてる、オレ。

株式會社 建大工房
デミズケンダイ
渦巻きをつくれる人をつくる [Flat]
[PR]
by kendaikoubou | 2011-03-08 21:47
<< いつも心に縁側を 一つ一つ”間”を埋めていけば全... >>